第62回日本口腔衛生学会総会@松本

今回の学会では、P.gingivalis の近年判明した特性と公衆衛生(特に集団健診)との関連についても考察されておりました。

近年、P.gingivalis にとっての必須栄養素は「鉄(ヘミン鉄)」であることが認知されており、これは主に血液ヘモグロビンから供給されています。この鉄がないと P.gingivalis は増殖能と病原性が著しく低下します。歯周疾患の原因はプラーク(バイオフィルム)だと言われて久しいですが、単にプラークが蓄積しただけでは歯周疾患の発症・進行には至りません。加齢や生活習慣その他諸々の要因により歯周組織の抵抗性が低下して、歯肉溝内の上皮バリアが決壊し潰瘍面が形成されると易出血性となり、その結果 P.gingivalis に鉄分や他の栄養分が供給され、P.gingivalis の増殖能が活性化し、細菌叢のバランスが崩れ、病原性の高いバイオフィルムに変化するという「歯周組織破壊のロードマップ」が示されています。

よって、歯周治療とは単に「ポケットを浅くする」というような単純なものではなく、以下のような目的と手段をもって行うべきということになります。
1)潰瘍面の閉鎖により出血を抑制:BOP(ー)
2)歯周病菌(主に P.gingivalis )が飢餓(鉄欠乏)に陥る
3)プラーク(バイオフィルム)の細菌叢が健康状態に戻る
4)歯周組織の状態が回復する
5)リコール(メインテナンス:SPT)により細菌叢の変化を防ぐ

P.gingivalis にとっての必須栄養素が「鉄」であるということは、さらには我が国の集団健診における反省をすることが出来ます。AAP(アメリカ歯周病学会)が公表している「歯周病の予後予測マーカーの重要度」では、第1位がBOPであり、第2位が P.gingivalis の状態(菌数、割合、遺伝子型など)なわけですが、このことからも如何に P.gingivalis と鉄との関係性が重要であるかが解ります。 ちなみに第3位は4ミリ以上のポケット残存率で、第4位が喫煙や過度の飲酒等の生活習慣となっています。

このことから、現在我が国の集団健診で行われている「一部の歯だけのポケット測定」というのは「あまり意味のないこと」であることが判ります。全ての歯を6点法でポケット測定しても第3位にしかなれません。BOPを測定してようやく第1位になるのですが、これではあまりに「簡便性」において劣ることになります。「簡便性」は集団健診において最重要と言って差し支えのない要素ですから、集団健診でBOPを測定することは現実的ではありません。

その点で、今後の集団健診の主流になると思われるものに「唾液検査」がありますが、特に唾液中のヘモグロビンをターゲットにした検査は簡便さと費用対効果の面で優れていると言えます。

集団健診には多数の対象者の中から少数の異常者を発見する「疾病発見型」と、未病と言われる人を発見する「リスク発見型」の2つに分けられます。「疾病発見」のためには多数の中から少数の異常者を発見するため「効率」と「精度管理」が重要であり、「リスク発見」では発見した対象のリスクを低減してゆかなくてはならないため、その後の「追跡管理(予後予測)」が重要です。この2つをどのように取り込んで集団健診に反映させてゆくかが、今後のカギになるわけですが、現在までの我が国の歯科健診は「疾病発見型」であるにもかかわらず、う蝕と歯周病を主に検査してきたので「多数の対象者の中から多数の異常者を発見する」形態になってしまっていて、公衆衛生学的には合理性に欠けているのです。

効率が悪く合理性に欠け、予後予測という意味でも劣る現在の集団健診の方法は、速やかに改善する必要があることは論を待ちません。



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