以下の文章は2000年代初頭に書かれたものです。歯磨き粉に関しては現時点(2015年)までに改良も進み、当時とは見解も異なっております。
新しい見解は「歯磨き粉の選び方2」をご覧ください。
「歯磨き粉は何を使えばいいんですか?」
「基本的には何を使っていただいても結構です。」
「何かお薦めはありませんか?」
「う〜ん、これと言って特にはありませんけどねぇ。」
「でも歯周病に良く効く成分とかが入っているんじゃないんですか?」
「そもそも歯磨き粉って別に使わなくたっていいんですよ。」
「え?いいんですか?」
上記のような問答を今まで何回したでしょうか。
わかります、わかります。せっかく歯磨き粉を購入するのですから、どうせなら効果の高いものを購入したいと思うのは当然です。
歯磨きに関する基本的大前提を確認しましょう。
ムシ歯にしても歯周病にしても、その原因はプラーク(歯垢)を構成している細菌です。病気を予防したり治療したりするためには、原因を除去することが必要です。ムシ歯はごく初期のものを除いて、一度なってしまうと自然には治りません。患部を削り取って代替物を詰めるなどの処置が必要になります。それに対して歯周病はブラッシングによるプラークの除去(プラークコントロール)をすることによって改善します。さらに殆ど全ての歯周治療において、その治療を奏効させるためにはプラークコントロールの徹底が必須条件となります。
「プラークコントロールなくして歯周治療の成功なし」というわけです。
要するに、プラークを除去できればそれだけで歯周病は改善します。逆にプラークコントロールが不十分な状態であれば、いかなる薬効成分も「焼け石に水」なわけです。
例えば、もし貴方の家の飲料水の水質が劣悪だったとします。当然それを日常的に飲み続ければ胃腸の具合が悪くなるのは必然です。どんなに良い胃腸薬を服用しても一時的に症状は改善するかもしれませんが、病気そのものの解決という点では全く意味をなしていません。
例え話をもうひとつ。日常的にお酒を浴びるように呑む人が肝臓病になったとします。患者さんに対して医師はお酒の量を制限するように言うでしょう。アルコールのコントロールです。肝臓に良いと言われるレバーとか貝類をいくら食べようが、ウコンのエキスを飲もうが、相変わらずお酒を浴びるように飲んでいたのでは、全く意味のないことです。
ところで、現在の日本国内で市販されている歯磨き粉の中で、使わない方が良い製品(有害な製品)というものはないと思います。日本の基準は相当に厳しいですから、何を使っていただいても危険はないと思います。
歯磨き粉のテレビのコマーシャルでは多種多様な薬効成分が配合されていることを、鮮やかなコンピューターグラフィックを使ってアピールしています。もちろん、その薬効にウソはないでしょうし、それなりの効果はあるでしょう。しかし、それはプラークをしっかり除去できていての話し、という前提条件がつくのです。
ちなみにあるCMなどでは「塩が効く」などと言っておりますが、あれは決してウソではありません。ナメクジに塩をかけると小さくなりますが、あれは浸透圧でナメクジの体内の水分が外に出てしまうので、ナメクジ自体が縮んでしまうからです。同じように腫れた歯肉に塩をかければ、歯肉内部の水分が外に出て、プックリ腫れていた歯肉は引き締まるでしょう。もちろんこれは一時的なものですから、相変わらずプラークがべっとりと付着していれば何ら意味を持たないことはお解りいただけるかと思います。
また、「トラネキサム酸」というものも配合されていたりしますが、あれは止血剤です。止血剤ですから、歯肉から血が出にくくなるでしょう。もちろんこれも一時的なもので、相変わらずプラークべっとりであれば意味がないことは言を待ちません。
そうです、歯磨き粉の薬効成分は「あくまで付加価値」でしかないことがお解りいただけたかと思います。メーカーがその付加価値を最大限にアピールしてコマーシャルを行うことは当然ですから、我々消費者はそのあたりを念頭におかねばならぬことは言うまでもありません。ところで、実は歯磨き粉を使わない方が良い場合というのがあります。
実際に、僕は歯磨き粉の使用を積極的にお薦めしてはいません。
その理由として、歯磨き粉を使うことによってプラークの除去効率が特に良くなるということがないからです。しかも歯磨き粉特有の使用後のスッキリ感(爽快感)のために、「磨けていないのに磨けたような気になってしまう」というのは、最大の問題点です。歯磨き粉の中には研磨剤を含む製品が多く、確かに色素(茶渋など)沈着の防止には一定の効果があります。しかし、この研磨剤、歯肉のためには決して良いとは言えません。
そしてもうひとつ、発泡剤による泡も問題です。よく「何分間磨けば良いですか?」という御質問を受けますが、プラークがきちんと除去されていれば何分でも結構です。長い時間ダラダラと磨いて、結局プラークが除去できていないのならば、全く意味がありません。しかし、通常の28本の歯が生えている人であれば、どんなに急いでも最低10分はかかるでしょう。その際に発泡剤による泡は非常に厄介な存在です。ゴクンと呑み込むのも抵抗があるし、ぺっと吐き出すには洗面所で磨かねばならないので、冬場の寒い時などはどうしても早めに切り上げてしまいがちになります。結果として時間をかけてじっくり磨けないのです。
もし貴方が、どうしてもあのスッキリ感が忘れられなくて、歯磨き粉を使用したいというのであれば、とりあえず何もつけずにブラッシングをしていただき、最後の総仕上げとして歯磨き粉を用いていただければ良いのではないかと考えております。そして、その際の歯磨き粉もなるべく研磨剤や発泡剤を含まないものが良いでしょう。デンタルリンスのような洗口剤(うがい薬)も良いと思います。
僕は歯磨き粉に含まれる薬効成分を決して否定しません。フッ素やキシリトールなど、効果の高いものもたくさんあります。しかし、その前の大前提としてプラークコントロールが安定してしっかり行われていることが必要です。その上で付加価値としての薬効成分に期待をするならば、歯周病の治療にも非常に有効であると思います。
どうか宣伝文句に振り回されることなく、是非歯磨き粉を「使いこなして」いただきたいと思います。