診療明細書発行に関する私の考え方


(この文章は2010年4月に書いたものです)

2010年4月から一部の歯科医院では「明細書つき」の領収書を発行しています。
歯科ではまだほんの一部ですが、内科や整形外科などではその割合はもっと多いはずで、さらに規模の大きな総合病院などでは、その多くが「明細書つき」を発行しているはずです。
これは、それに対応した会計用のコンピューター(ソフト)が導入されているかどうかの問題でして、ちなみに当院はまだ対応していません。(対応するには、ン百万円の出費が必要です)
明細書の発行は国からのお達しでして、完全義務でこそありませんが、向こう数年の猶予期間中は努力義務であり、それから先は原則義務(ほぼ完全義務)の予定です。
(従業員1〜2名でやっているような経営規模が極めて小さいところにも、ン百万円の出費を原則義務づけるというのは、かなり乱暴な話だと思うですが、今回の主題からはズレるので横に置いておきます)

私は、内科、整形外科、耳鼻科、眼科、精神科などの、いわゆる「医科」の詳しいことはよく解らないので、ここから先は「歯科」のことだけに限って書かせていただきます。

国が進めている明細書発行の義務化は「医療費の透明化」という「錦の御旗」がついています。
国は、国民のほとんどが医療費の「透明化」を望んでおり「明細書発行」を支持するであろうということに、相当の自信(確信)を持っているようです。だから「明細書発行」を強硬に押し進めています。

私も「透明化」そのものには賛成です。
しかし、歯科における「医療費の透明化」という名のもとの「明細書発行」には数多くの問題があるのです。

「今どき明細書なんてどこだって発行しているんだから、医療機関が発行しないのはおかしい」という意見は、以前からよく聞くところです。
たしかにスーパーやコンビニ、ドラッグストアなどでは明細書付き領収書の発行は当たり前です。
飲食店においても、ファミレスや、チェーン店居酒屋など、ある程度以上の規模の店や、小規模店舗でもチェーン展開しているところなどでは当たり前になっています。
(でも、小規模の個人経営店舗では当たり前ではないですね。手書きでは非常に手間がかかるので、常時発行するためには管理用のコンピューター関連の多大な投資が必要になるので、経営規模の小さいところでは簡単には出来ないわけです。それを国が義務づけてしまうのは、相当に乱暴な事だと思いますけど、これまた話がズレるので横に置いておきます。)

そもそも、ファミレスの明細書と歯科医療費の明細書では、その性質が全く異なるのです。要するに次元が全く違います。

例えばファミレスの明細書ならば、、、

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御新規3名様:
和風手ごねハンバーグステーキセット×2
ミラノ風ドリア×1
ファミリーサラダ×1
シーフードマリネ×1
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などと書かれているわけですね。

ところが歯科医療費の場合は、保険制度が「超」が付くほど複雑怪奇で、しかも算定ルールも極めて難解です。
ファミレスの同じメニューに当てはめてみると、こんな感じになります。

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御新規3名様:
ハンバーグ×2、グリル料×1.3(摘要:レア30/100:1名様)
牛肉100%加算×2、食肉低温熟成管理料×2
手ごね困難加算×2、食肉鮮度基本検査×1
大根おろし×2、電動おろし加算×1
ポテトフライ×2、無農薬野菜使用届出店舗加算×1
ハンバーグ分割鉄板焼実地指導料(2回目〜)(5分間)×1
白米×2、白米保温維持管理料×1、

ドリア(冷凍白米200g)×1、薪窯オーブン加算×1、消防署地域連携届出店舗加算×1

レタス×2、トマト×1、キュウリ×1、オニオンスライス×1
生野菜類鮮度基本検査×1、湿度維持管理料×1
ハム加算×1、チーズ加算×1、ドレッシング(IV)×1、

魚類鮮度精密検査×1、甲殻類鮮度検査×1、サルモネラ菌培養検査×1
マリネ料×1、ドレッシング(III)×1
魚介類鮮度維持管理料×1、チルド加算×1、
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つまり、単に献立ごとに料金が決まっているのではなく、調理の過程ごとに色々な料金があり、さらに管理料やら検査料やらお役所への届出施設加算、その他諸々が算定されていくわけですね。

ちなみに、ハンバーグ用の肉は×2ですが、鮮度検査加算は2人前を同時に行えるので×1の算定になります。
さらに、6歳未満のお客様は40/100加算になりますが、グリル料と食肉低温熟成管理料、手ごね困難加算、食肉鮮度基本検査、電動おろし加算は、40/100加算からは除外となります。またハンバーグ分割鉄板焼実地指導料は算定出来ません。乳幼児ハンバーグ分割鉄板焼指導料の算定となります。
ハンバーグステーキとマッシュポテトの同時算定は出来ません。また、チルド加算を過去に算定したメニューに対しては同月内はグリル料の算定は出来ません。
なお、無農薬野菜使用届出店舗加算は野菜類の含まれたメニューを供した場合に限り、1回の来店につき1度の算定になりますが、セットにサラダを選択した場合は摘要欄に別途記載することが必要になります。

さらに1ヶ月に1回しか算定出来ないもの、3回まで算定出来るもの、2回目以降は料金が下がるもの、2ヶ月に1回しか算定出来ないもの等があり、さらには、その月の来店実日数が1日では算定出来ないが月が変われば実日数1日でも算定出来るもの、1ヶ月以内の2回目は半額になるが1ヶ月以上経てば半額にならないもの、1度算定したら起算日から1ヶ月間は後継調理に必要となる料金の算定が出来ないメニューが発生する、、、等々々々々々、、、

また、医学的にはハンバーグステーキにマッシュポテトを添えた方が良い臨床結果が得られることが証明されている場合でも、保険診療においては、ハンバーグステーキにマッシュポテトは同時算定不可なので、その場合はマッシュポテト部分については算定不可(店側の持ち出し)となります。
また、コーヒーとジェラートは同時算定不可で、日を異にする必要があります。
、、、これって一体どういうこと???

と、まぁこんな感じです。 こんな明細書をお客さんに渡したって、お客さんは???です。
でも、明細を見せられれば疑問が湧く人は確実にいるでしょうから、質問を受ければ我々としても説明をしなくてはなりません。 当然、1週間前と全く同じ料理を注文したのに今週は料金が違うという事が当たり前のように発生します。 同じ1週間後でも月またぎになると同月内とは料金が変わったりもします。変わらないものもあります。

以上、冗談も含めて書き連ねましたが、これを歯科医師が見れば「決して大げさでなく、まさにその通り!」と多くの方が賛同してくださるものと確信しております。

このような複雑怪奇な制度をお客様が納得のいくまで説明するのには、一体どれだけの時間が必要でしょうか。。。
その分、本来なら治療法や病気の説明にかける時間、治療そのものにかける時間を削ることにならないでしょうか、、、

明朗会計自体は、大いに結構なことです。
しかし、国は末端部分の我々医療機関に対しては「明朗会計をしろ」と言うくせに、自分達が策定した保険制度の部分、要するに算定ルールに関する部分は、「明朗」と言うにはあまりにほど遠く、疑義だらけの複雑な制度なのです。(おそらくルールを作った役人の方々でも、全てのルールを完璧に頭に入れているという人は、あまりいないのではないでしょうか)

要するに、保険診療ルールの複雑で非常に解りづらい部分、、、我々ですら完全に理解しきれていない部分、その部分を国民に対して説明するということを、末端の医療現場の人間達に全て押しつけていると言っても過言ではありません。

たしかに「明朗会計にせよ」というのは解ります。
ならば、「治療したという事実は事実として、その報酬を適正価格で普通にいただきたい」と言うことはおかしいでしょうか。

ソレをやった後にコレをやったとしても、コレに関する部分は(医学的には正しかったとしても)支払われないとか、、、 1度に全てをやったとしても、算定上は分割したこととして、(医学的にはまとめてやった方が良い事だとしても)日を異にして請求しなくてはいけないとか、、、
「明朗会計にせよ」と言うなら、そういうおかしなルールを全部直して「明朗ルール」にしてからだと思うのですが、、、元が明朗でないのに末端を明朗にするのは難しいと思うのですが、いかがなもんでしょうか。

、、、ここまで書いていて、ふと思いました。

きっと何年か後、「歯科診療の明細書は内容が複雑なばかりで実質的に意味が無い」という結論になるのではないかと思います。
その時、明細書をシンプルに解りやすくする手段として予想されるのが、国が以前からやりたくて仕方がなかった「診療報酬の包括化」であるような気がします。
包括化とは、ひとつの疾患に対しては「治療にどれだけ手間がかかろうが、医師への報酬は一律で、全ての必要な治療にかかる費用は決められた金額内に包括化される」ということです。
要するに献立ごとに予め料金が決められているわけです。これならファミレスの明細書と同様に単純化することが出来ます。
でも、医療は料理と違って、同じ献立(治療)でも患者さんごとに千差万別で、簡単な症例もあれば、難症例も存在します。
難症例に時間や回数、医療コストをかけて根気よく治療しても受け取る報酬は一緒、、、ならば我々も人間ですから、報酬は一緒でリスクだけ高い難症例には手を出しにくくなるのが普通ですよね。
結局、最終的にツケが回ってくるのは
病気で困っている患者さんのところなのではないでしょうか。






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